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蔵元の紹介

 当蔵は、全国の総本山であります「富士宮浅間大社」のすぐ西側にあります。当蔵の発祥は、1820年(文政年間)あたりに滋賀県蒲生郡日野町の山中正吉が創業したと伝えられ、現在の地に「酒蔵」を構え酒造りを創めたのが、1831年(天保2年)と聞いております。

 当時、駿河湾より駿東にかけて「ごうりき」という酒造に適した米がとれ、また富士山の伏流水が豊富に使えるというこの地に出会った縁により、「能登杜氏」とこの地で酒造を生業としたとのことです。

 蔵の特徴としまして、仕込み水の富士の水(軟水)の素質より口当りの優しく少し甘く感じる酒質、そして代々「能登杜氏」による「山廃仕込」「再仕込」等の味口造りです。全体の造りは、約2500石(一升壜で約25万本)ほどで、主な原料米は1/3が兵庫県産山田錦、ほかに北長野の美山錦、北陸の五百万石です。上撰を含む75%程が特定名称の造りです。

名の由来

 能の中には、「松は緑」を謡うものが多くあり(松は常緑樹で、いつでも緑色である事から長寿・天下泰平・夫婦和合のたとえとされます。)特に謡曲「高砂」の相生の松・松は緑に感した初代正吉が「高砂」の銘を戴いたと云われています。  謡曲「高砂」は結婚式でよく謡われる「高砂や、こ乃浦舟に帆をあげて月もろともに・・・」との歌詞の船出した夫婦がいつまでも仲睦ましく老いていく内容の謡です。創始の当時、天保年間は世相が暗く飢饉が続いた頃で初代正吉は清めや和に使われる酒にこの意を込めたそうです。